情報化と都市

『情報化で蘇る都市』(ビジネス教育出版、2002年)より抜粋
情報化はライフスタイルや、地域コミュニティにも影響を与え、都市には従来の価値観とは異なった様々な変化が生まれてくる。そして、これからの社会のキーワードである成熟化の進行によって顕著となるのは需要と供給の間の関係の変化である。これまでのように住むところが欠乏の状況にはない。また、情報化によって提供される豊富な情報の下で、居住環境については、多様な住宅のメニューの下で、住民にとってはより主体的な居住の選択が可能となる。このような住む側における選択肢拡大の傾向は、居住地として選ばれる都市にとっては、好ましいものとなる。魅力のある都市はますます選択されることによって発展し、しかしながらその一方で、魅力のない都市は衰退していくという結果を生んでいくことになる。このため、各々の都市にとっては、その都市が持つ特色を最大限に生かし、魅力ある都市づくりを展開することが生き残りにかける必要条件となってくる。
また、企業の立地選択についても、情報化の進展は確実にその選択の自由度を増すことになる。従来型の直接的なコミュニケーションが、オンライン型の情報交換に代替されることによって、書類のやりとりや、打ち合わせなどは、必ずしも固定化した場所で行う必要が無くなる。その結果、同じ会社であっても企業の部門ごとに周辺環境や立地コスト、顧客との近接性やアクセシビリティなど、様々な要素を考慮することによって、最適な場所を選ぶことが可能になっていく。
このように、居住選択や企業立地だけを取り上げても、情報化の進展は都市の持つ機能や構造を大きく変えていく。現在、喫緊の課題である都市再生との関係を考えてみれば、こうした情報化が生みだす変化に的確に対応しなければ、そもそも都市の再生にはならないことが明らかである。

● 企業立地の変化への対応

業務施設、その対象としてのオフィスに関する都心への集中要因と、これから増加するであろう郊外への分散要因としては、次のように考えることができる。
都市への集中要因は、これまでの東京都市圏の成長の中で典型的にみられたものである。中央官庁、市場、顧客、他社、業界などのオフライン情報入手の容易性に始まり、人材確保の優位性、ビジネスコストの優位性、企業イメージの向上、高い交通利便性といったファクターがあげられる。しかしながら、成熟社会の到来、情報化の進展という状況の下で、今後、こうしたファクターの重要性がますます強まっていくという可能性は必ずしも高くない。むしろ、総合的なビジネスコストの優位性という視点からみれば、業種や業務内容によっては、情報通信機器の発達などによって加速度的に崩れていく可能性がある。また、郊外に立地する業務核都市の業務地としてのイメージが向上していけば、都心における企業イメージの向上や人材確保の優位性は相対的に低下すると考えることが自然である。
さらに、郊外への分散要因が今後強まるシナリオを考えるとすれば、例えば、規制緩和が進み、中央政府のオフライン情報を収集する必要性が低下し、霞ヶ関への近接性という立地条件の重要性が低下するケースである。こうした状況を認識する企業が増加し、結果としてオフィス賃貸料の削減などを狙って郊外への立地が発生するであろう。またこれに加えて、情報通信機器の発達は、住宅勤務やサテライトオフィス勤務を可能にさせ、SOHOの増加による都心部の就業者の減少につながることになる。
現在、本格的な郊外部への立地移転の途中段階として、都心に比べて立地コストが低い都心周縁区の用賀、三軒茶屋、豊洲などに情報通信企業が立地し始めている。こうしたセンターコア(環状6号線の内側)の外側のゾーンでの立地や、多摩の核都市など郊外への企業の移転の可能性が現実のものとなりつつある。すなわち、情報化の進展により分散が可能となる業務については、立地コストと企業立地条件のバランスの取れたエリアへの分散が進行するのである。
情報化の一側面として、どこでも均質の情報サービスが受けられるようになることから、それぞれの地域が持つ立地ポテンシャルが現在とは変化することが考えられる。しかしながら、電子的な情報入手についての差がなくなる一方で、交通利便性や特徴のある業務機能の集積、人材確保の優位性などは依然として、魅力的な都市空間形成の要因として生きている。
そのため、今後はそれぞれの地域特性に応じた市街地整備や企業立地の誘導などを行い、その地域ならではの魅力を活かしていく都市整備が求められてくる。そのためには、計画的な複合開発の促進や地域の個性を生かした都市機能の導入、産業や人材の集積などにより、地域特性が活かせる機能集積を誘導していくことが不可欠となってくる。
例えば秋葉原や渋谷、六本木におけるIT関連産業の集積や、臨海副都心における新産業の立地、荻窪におけるアニメ関連産業の集積、多摩地域における産学公連携による先端技術産業の集積などが、情報化の進展の下での立地選択の基本的な要因の中で顕著になっていくであろう。

● 都心地域の再生

都心では、オフィスビル等の更新を進め、業務のみならず商業、文化、娯楽など多様な機能と風格を備えた国際ビジネスの拠点として再生する必要がある。
大手町、丸の内、日本橋、八重洲から永田町に至る地域は、ビジネス活動において、東京の中心、日本の中心としての役割を担ってきた地域である。しかし、オフィスビルの老朽化等の課題を抱え、国際的にも地位の低下が懸念されている。日本経済の継続的発展には、このようなビジネス拠点である都心の活性化が不可欠である。
このうち大手町、丸の内などの地区においては、ワークスタイルの変化に伴う最近のオフィス需要に十分に対応できていない状況となっている。特に、情報化の急速な進展に伴い、オフィスの質的向上が求められる今日では、企業がこの地区から転出する動きも顕著となりつつある。そのため、老朽化したオフィスビルの更新は、魅力ある都心へと再生していく上で大きな課題となっている。
こうした認識に基づいて、現在、この地区においてはオフィスビルの更新計画等が具体的に実行に移されつつある。
この地区は、明治以来の日本のビジネスの中心地でもあり、業務地としてのブランドは高いとされているものの、ホテルの不足やオフィス賃料が高いことなどから、外資系企業の間では、事務所の立地場所として必ずしも人気は高くないのが現状である。海外からのビジネスマン、ビジネスウーマンの需要にも対応できる質の高い住宅が周辺に不足し、結果的に勤務地と居住地とが離れることになったり、ビルの更新が遅れてい、最近のインテリジェント対応が遅れていることなどが、その原因とも言われている。
都心を再生する上では、ビジネス環境の向上という装置面のグレードアップに加え、地区の空間環境も、業務という単一の機能ではなく、商業、文化、交流(宿泊を含む)など多様な機能を備えた地区へと転換していくことが課題となる。幸いにして、この地区には都市基盤のストックが充実しており、夜間や週末に余裕のあるインフラを効率的に活用していくことが可能である。
さらに、欧米緒都市のビジネス拠点に比べ不足しているオープンスペースの確保や、都心周辺部に快適性と利便性にすぐれた住宅を確保していくことが、都心の再生における最優先の課題となっている。
東京駅を含む111haの地区(大手町・丸の内・有楽町地区)では、地区再開発計画推進協議会が母体となって質の高いオフィスビルへの更新を誘導し、多様な機能を備えた地区への転換を図ろうとしている。またこのプロジェクトの地区には日本の表玄関ともいえる東京駅があり、その周辺では、赤レンガ駅舎の復元や行幸通りの景観整備などのシンボルプロジェクトが開始されている。また、協議会では、公民のパートナーシップにより策定したまちづくりガイドライン(2000年)にしたがって、歴史的建造物・街並みの継承や新たなスカイラインの形成の取り組みが進められている。3階建てに立て直される東京駅の空中部分の容積を周辺のオフィスビルに移転することで、高層化された新しい街並みが誕生するのも遠くない将来のことになりつつある。

大手町・丸の内・有楽町地区の開発整備

 

こうしたビジネス拠点の運営にあたっては、TMO(タウンマネージメント機構)と呼ばれるNPOの存在が重要である。TMOでは、開発区域内の複数の事業者を束ね、地区内で生み出された収益や情報を住民や企業自らが有効に活用し、民間の発想を生かした公民協調のまちづくりを行うなどの有機的な活動の核となることが、アメリカ等の事例から明らかになっている。

● 新たな拠点整備による活性化

既存の副都心に隣接した天王州や恵比寿などの地区で、業務、商業、文化、居住などの機能を備えた複合拠点が90年代に誕生した。これらの拠点は、業務機能だけでなく、商業、文化、居住など多様な機能を備えた質の高い都市空間として人気を集めている。
現在、臨海副都心(台場、青海、有明地区)、横浜みなとみらい21、幕張新都心、豊洲、晴海などの臨海地域や、汐留、品川駅東口、六本木などにおいて、質の高い都市空間形成につながる複合開発が進められてきている。
これらの開発は、業務機能のみならず、地域に不足する居住を含む多様な機能を積極的に導入しており、周辺地区の機能更新を促すきっかけともなって、ビジネス環境の向上に大きく寄与するものとなっている。
特に臨海地域では、今後も、産業構造の転換に伴って新たな跡地が発生し、大規模な都市的土地利用に転換していく可能性がある。特にこれらの工業用地等の跡地をベースにして、「開発特区」として指定することによって複合開発を計画的に誘導し、従来の概念を越えた都市空間が現実のものとなっていく。

臨海部の主なオフィス開発拠点

 

東京湾沿岸部における拠点開発では、日本一の超高層ビルであるランドマークタワーを擁する「みなとみらい21」、89年にオープンした幕張メッセを核施設とした「幕張新都心」、そして、東京湾の埋立地に整備されている「臨海副都心」がある。これら東京湾沿岸部の「新(副)都心」は、それぞれの特徴を活かしつつ業務拠点としての競争を繰り広げる一方、首都圏メガロポリス構想において、東京湾ウォーターフロント都市軸内の拠点として位置づけられており、東京都心部への業務機能の過度の集中を抑制する役割が期待されている。
東京の臨海地域では、都心からの近接性や、潤いのある水辺環境、大規模跡地の存在等を背景として、大型オフィス開発が進行している。
440ヘクタールにも及ぶ埋立地に整備されつつある臨海副都心は、1999年、青海地区にグランドオープンしたパレットタウンや、台場地区における年末のカウントダウン等の商業・レジャー系施設やイベントの話題が目立つが、一方、フジテレビや日商岩井本社の進出をはじめとしたオフィス機能の集積も本格化している。
また、20世紀最後の大規模跡地開発といわれた汐留旧国鉄貨物跡地には、「ゆりかもめ」の汐留駅周辺を中心にして大規模オフィスビル開発があいつぎ、電通や日本テレビ等の本社ビルが立ち並ぶわが国を代表するオフィス集積地が誕生しつつある。新しい新橋駅の建設でアクセスもよくなり、都心の業務機能を向上させている。さらに、品川駅東口の旧国鉄新幹線車両基地跡地には、2003年秋の新幹線新駅の開業をにらんで、三菱グループ大手企業等の本社が移転し、新たな東京のビジネス街の核となりつつある。また、汐留、品川駅東の両地区には、海を望む超高層住居が建設され、これからの都心居住の典型例ともなっている。日本たばこ産業工場跡地を含む東品川4丁目地区は、東京臨海高速鉄道「りんかい線」の新駅(品川シーサイド駅)開設を機に、交通アクセスが飛躍的に改善されることから、6棟の高層オフィスビル建設がされており、流通業の本社が入るなど新たな業務拠点づくりがされている。

品川駅東口の駅前整備

 

このように、東京の臨海地域の業務開発は、都心部からの業務機能の分散、地域外の拠点との競争と連携、地域内の他のオフィス開発地との競合という三つの側面を有している。

● 副都心及び多摩の「心」の魅力の向上

東京のビジネス活動は東京圏全体に広がっており、隣接県の拠点との連携・機能分担を図りながら、圏域全体としてビジネス環境を形成している。
東京は、都市の中に多様な産業を有していることが強みとなっており、世界に通用する高い技術力を備えた中小の製造業や、情報・通信関連産業、コンテンツ産業などのリーディング産業がこれからの都市再生の原動力となることが期待されている。このため、産業政策と連携して、これらの産業を副都心や多摩の「心」で積極的に育成していくことが鍵となっている。
新宿や渋谷といった従来からの副都心では、都心などと一体となって国際ビジネスのセンター機能を支える拠点であると同時に、情報・通信関連産業やゲーム、アニメなどのコンテンツ産業の集積が山手線西側沿線地域などに芽生えつつあり、これらリーディング産業の核となりつつある。
多摩地域は、都心のベッドタウンとして、戦後、急速に市街化された。その後、多心型都市づくりを進めていく中で、八王子、立川、町田、青梅、多摩ニュータウンセンターの五つの都市を多摩の「心」として育成するため、駅前開発などが進められてきた。
多摩地域の特徴は、「人口集積」、「産業・学術集積」、「自然環境」の三つのポテンシャルを有することである。ベッドタウンとして発展してきた多摩地域は、当初の計画人口を達成はしなかったが、それでも20万人になろうという人口の集積は高く、東京圏全体での平均と比べると働き盛り世代や児童・学生の人口比率が高い。また、街づくり、環境、福祉などさまざまな分野での市民活動団体やNPOの活発な活動が見られ、都心地区とは異なった、若く活力があふれた地域であるといえよう。
また、大手企業の有力工場・研究所、優れた加工技術を有する中堅・中小企業が数多く立地する産業・技術集積地でもある。東京都立大学、中央大学をはじめ約80の大学も立地し、幅広い学術集積にも恵まれている。これら産学の集積をもとに発足された「首都圏産業活性化協会」では相互の交流も盛んに行われている。
さらに、緑豊かな奥多摩や武蔵野台地、多摩川の河川流域など、都心では享受できない、すぐれた水と緑の自然環境を有している。
そこで、これらのポテンシャルを活かしながら、大学・地域・企業が一体となり最先端技術を開発する知的産業都市、豊かな自然環境とSOHOやテレワークなどの情報技術が共存し新たな働き方・住まい方が行われる都市を目指すことで、多摩地域は、生活と産業の未来像を全国に発信するセンターとして飛躍する可能性を秘めている。

多摩地域の産業・学術集積

 

さらに、厚木や相模原、川越、さいたまなど隣接する都市と人材、産業、情報などの交流・連携を積極的に進め、地域全体のポテンシャルを高めていくことも欠かせない。そのためには環状ネットワークを強化することが必要である。現在、圏央道の建設が進められているが、多摩地域の発展を考える上では、都心への放射状構造の発想を転換して、環状のつながりをより意識していくことが重要な視点となる。